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ランディ・バース、三冠王を獲ったレジェンドスラッガー。6年で残した衝撃とは?

阪神史上最強と呼ばれた助っ人外国人、ランディ・バース。1985年の優勝メンバーでクリーンナップを任されていたバース選手だが、阪神に6年間在籍した彼の活躍は日本に衝撃を与えた。

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バースが日本で打ち立てた輝かしい記録

1983年に来日したバース選手、彼の売りは破壊力抜群の打撃力であった。メジャーリーグ経験もあるバース選手は、長打力には定評があったのだが、速球に弱いという弱点も持っていた。さらには、幼少期の複雑骨折により全力疾走ができないというハンディキャップを抱えていたために、守備力が低いという評価もあったのだ。

しかしながら、フタを空けてみれば35本塁打を放って大活躍、一気に注目の外国人選手となった。わずか通算6年で202本ものホームランを放ち、阪神歴代本塁打数8位になったのだから驚きだ。そして優勝を成し遂げた1985年、翌1986年と二年連続で三冠王を獲得したわけだが、三冠王獲得者が過去7人しかいないことを考えれば、6年のうち2年三冠王に輝いたという実績がいかに素晴らしいかが分かるだろう。

これだけではない。バース選手が1986年に残した打率.389は、日本史上最高打率としていまだに破られていないのだ。天才イチロー選手が2000年にヒットを量産したシーズンがあったが、それでも打率.387で歴代2位止まり、バース選手の記録はもはや前人未到の域に達している数字だといえるだろう。それだけ日本球界に与えたインパクトは大きく、まさしく阪神を代表する名スラッガーと言えるレジェンドなのだ。

1987年も37本塁打を放って大活躍し、ますます活躍の期待が膨らむなかバース選手は突如解雇される。その理由は、水頭症を患った長男の対応を巡って球団側と対立したためだと言われるが、後に球団側の保険加入ミスにより、多額の医療費負担を恐れたためだったそうだ。後味の悪い最後となったが、バース選手は阪神ファンから「神」と崇められるほど、とてつもない実績を残した名選手だったことは疑いようのない事実だろう。

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バース活躍の影に川藤・掛布の存在あり

バース選手の歴史に残る大活躍は素晴らしいものだが、その裏には同僚であった川藤幸三と掛布雅之の存在があったのだ。日本に慣れないバース選手に対して日本語で将棋を教えるなど、プライベート面を全面サポートしたのが川藤幸三だったことはご存知の方も多いのではないだろうか。

そして、われらがミスタータイガース掛布雅之は甲子園の特徴をバース選手に伝授したのだ。強力なパワーを持つバース選手だが、甲子園はライトからレフト方向に浜風が吹いているため左打者には不利なのだ。そこで掛布選手は、レフト方向にホームランを打つ技術の習得に時間を割いたのだが、そのノウハウをバース選手にも伝えたのだそうだ。

のちに特集番組に出演した際、バース選手自身もこのようにコメントしている。

カワトウには本当に感謝しているよ。それに、三冠王を獲ることができたのはカケフのおかげだよ。

かつての外国人選手といえば助っ人として日本球界入りするケースが多かったのだが、WBCでの活躍もあり、日本球界入りを希望して入団する外国人選手も増えてきている。例えば、2017年シーズンから阪神入りしたメンデス選手は、メジャーでチームメイトだった藤川球児選手に憧れ、日本球界でのプレーを希望していたそうだ。

日本球界が世界で高く評価されてきた背景として、メジャーリーグでもレジェンドとなったイチロー選手はじめ、数々の日本人メジャーリーガーが日本の評価を上げてきたのはあるだろう。しかしそれだけではなく、川藤・掛布のように外国人選手に対する優しい応対が世界を魅了しているということもあるのではないだろうか。

蛇足ながら、私は思うのであった。

まとめ

阪神史上最強助っ人であるランディ・バース選手を名スラッガーとして選出したが、全くもって異論はないだろう。わずか6年の間に数々の金字塔を打ちたて、阪神ファンの記憶に残る外国人選手は彼以外いない。2017年シーズンは中距離打者のキャンベル選手が加入したわけだが、個人的にはバース並みのスラッガーを獲得して夢を見せてほしいな。

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