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2005年岡田阪神は成熟期へ。JFKと強力打線で勝ち取ったベテランチームとは。

2003年星野阪神で完全優勝を勝ち取った阪神タイガース。残念ながら、2003年を最後に星野監督は体調不良を理由に勇退したわけだが、後釜を任せられたのは岡田彰布監督だった。オリックスで二軍監督を務め、2年連続日本一へ導いたという実績を引っさげて、阪神に帰ってきたのが2004年シーズンだった。

2003年に完全優勝したメンバーが多く残ってうえに、大型新人である鳥谷敬選手が加わり、さらには鉄壁のリリーフ陣が形成されたのが2005年。まさに成熟期を迎えたシーズンだったといえるが、どういったシーズンだったのか振り返ってみたいと思う。

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金本&今岡コンビが大爆発、そして伝説のJFK確立

岡田阪神1年目を4位で終えた2004年。リベンジを賭けて臨んだ2005年シーズンだったが、2003年に引き続き野手の選手層は非常に充実していた。

特筆すべきは、赤星・金本・今岡選手だ。赤星選手は1番打者に定着し、5年連続で盗塁王に輝いている。そして金本選手にいたっては、37歳にして打率.327・40本塁打というキャリアハイを叩き出し、チームの大黒柱として大車輪の活躍を見せた。その好影響を受け、驚異の147打点で打点王を獲得した今岡選手は、まさに神がかっていた。

打率はセリーグ3位だが、得点数はセリーグ1位。勝負強い選手がずらりと揃った打線は、他の球団を寄せ付けない強さがあったのだが、それが得点数に表れている。赤星選手が出塁して盗塁し、金本選手が塁をためて、今岡選手が一気に返すというスタイルが確立されたことが高い安定感を生んだ要因だったのではないだろうか。

そして、2005年の阪神を象徴するモノといえば、やはりJFKの存在でしょう。ジェフ・ウィリアムス選手、藤川球児選手、久保田智之選手が終盤以降をぴしゃりと抑え、ことごとく接戦をモノにしてきたのだ。1点差さえあれば、この3人に任せれば大丈夫だろうと思える安定感だったのを私も覚えているが、防御率がそれを物語っている。

ウィリアムス選手 2.11
藤川球児選手   1.36
久保田智之選手  2.12

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この3選手を守護神に抜擢したのは、岡田監督の功績だろう。前年は久保田選手は先発投手として奮闘していたし、藤川選手は中継ぎとしてもそれほど活躍していなかったのだが、彼らをストッパーとして起用したのは素晴らしい。私は岡田監督の最大の功績は、このJFK確立にあると思っているのだ。

このように、投打ともに充実した戦力を有した2005年だったのだが、ところで2003年の阪神と比べて強さはどうだったのだろうか。

2003年と2005年はどちらが強かった?

阪神ファンなら少し気になるだろうが、チャンピオンチームである2003年と2005年はどちらが強かったのだろうか。

私個人的には、2005年だったのではないかと思っている。

2003年は、星野監督と大量の新戦力の勢いでつかんだ優勝だとすれば、2005年は彼らがチームとしてまとまり、キャリア的にも成熟期を迎え実力でもぎ取った優勝と言えよう。ゲーム差こそ2003年の方が大差をつけていたが、2005年のほうが安定感があり、僅差のゲームを確実に勝ち切る強さもあった。

投手陣については、2003年はエース井川選手が20勝したとおり先発投手陣がしっかりと投げ切るスタイルだったのだが、2005年は中継ぎ陣がセーブだけではなく勝利もたくさん挙げていた。それだけ磐石の中継ぎ陣であり、5回までにリードを奪えればそのまま勝てるという雰囲気があった。

17ゲーム差を空けてぶっちぎりの完全優勝を成し遂げたのが2003年だったが、投打のバランスや実力で言えばおそらく2005年の方が上。1985年のチャンピオンチームは私が生まれていなかったので分析不能だが、おそらく2005年が史上最高なのではないか。2017年の阪神タイガースはこれらの世代と比べて見劣りするものの、伸びしろ充分。2018年にはぜひ最強軍団を作り上げてほしいものだ。

まとめ

赤星選手の盗塁王、金本選手のキャリアハイ、今岡選手の147打点、JFKを擁して優勝を勝ち取った2005年を年代別最強チームとして紹介した。2003年もご紹介したが、この2年は本当に強いチームだった。このチームを超える世代は果たして出てくるのか、私は金本阪神3年目の2018年にひそかに期待している。もちろん2017年シーズンも楽しみだが。

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